とはいうものの、もはや半年前なので、あまり振り返られん(^^;
が、いってみましょう!
ヒューマンロスト マコフェス27
実は今回は”乾杯”でBASS弾かない予定だったんだよね
というのが、ちょっとした裏話w
ま、いろいろあって弾きましたが♪
また、今回は久々にRYOICHIくんがドラムを叩いてくれた!というのが喜ばしいことでしたね♪
SUUさんとやるのも、毎回楽しいしありがたいっす♪\(^o^)/
前回はTAKAが飲むのを止められず叱られたので、今回は俺もTAKAとはあまり絡まないようにしていましたw
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そんな中、始まったマコフェス27の後半戦
『暑いかな?』と思いつつ黒いふわふわのアウター着たのが間違いだったかも?(^^;
↓この日のセットリストはこちらから↓
□1 キミノクセ
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□2 go over
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□3 time
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□4 Wonderful Life
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□6 乾杯
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↓そんなLIVEは、こちらからどうぞ♪\(^o^)/
実は2曲目の”go over”から、少し体に異変が起き始めた気がして
確実に3曲目の”time”ではめまいがしてた、、、
コロナ禍くらいから、たま~に起こるようになって(^^;
ひどい時は頭痛もあって立っていられなくなるのだが、この時は頭痛こそ無かった気がするが『倒れるのでは?』と
同時に『楽しんで観てくれているみんなをがっかりさせるわけにはいかない!』とも思ってた
さらに『BOSS(OSAMUさん)に迷惑かけられない。BOSSは優しいから大丈夫?と心配してくれるだけだろうが、ここは死んでも倒れられない!』と(^^;
幸い”time”は激しい部分が無いので助かったが、実はやっとの思いで前半3曲を弾き終えてました(^^;
速攻、楽屋に行って水を飲んで、アウター脱いでTシャツ1枚になったらだいぶ楽になった!
とはいえ、まだ心配だったんだけど、これまた4曲目の”Wonderful Life”がおとなしい曲だったので助かった!
たしか、ゆっくり呼吸することを意識しながら弾いてた気がする
というわけで、体調も落ち着いてきてラスト2曲を迎えた時には問題無くなった♪
ちなみに”go over”で、突然BASSの音が出なくなったのは、「おす~さ~ん♪」という黄色い声がしてたので、俺の機材が気を利かせてBASS SOLOを自主的にやめたからだと思ってますw
ただね~
あまり体調が良くないのは事実だったので、その日は打ち上げもそこそこに終電がある時間には家に帰った
そうそう、この日はとても大切な1日になりまして
TAROさんが、たぶん2016年以来でマコフェスに遊びに来たんだよね
俺が初めてマコフェスに参加した時にTAROさんがいて、それ以来、TAROさんは来れてなかったから良く覚えている
んで、TAROさんは、ああいう性格だから楽屋とかに自分からは来ないので、「十字さんやSUUさんいるから行きません?」と誘って一緒に楽屋に行った♪
楽屋に行った後は、十字さんやSUUさんにお任せしたけどw
てか、10年以上ぶりに、十字さんやSUUさんと話すTAROさんが見たかったんだよねw
そして、TAROさんが帰ることになって、、、
TAROさん、最近バイクにハマってて、SSTR(※)に参加してたんだよな
TAROさんの東神奈川時代もバイクの話してたし、って、そん時は原チャリの二段階右折の話や30km制限についてだけどw
去年くらいに一緒に飲んだ時にSSTRの話聞いて、実は今年はあと一歩で俺も一緒に行くところだった
※SSTR バイクのイベント
日の出と共に日本列島の東側の海岸をスタートし、
設定された「立ち寄り地点」を巡ってポイントを獲得しつつ、
その日の日没までに石川県千里浜なぎさドライブウェイのゴールを目指す
TAROさんのSSTR完走記録証を撮らせていただきました
で、このマコフェスの時もTAROさんはバイクで来てて
「お~っ!このバイクですか!?」と感慨深くTAROさんのバイク見てた俺
あり得ない場所にバイクを止めてたので、K1と俺で「どうやってここ止めたんですか?1人で下ろせます?」と手伝おうとしたら、
「大丈夫だよ、いつもここに止めてたから」と、慣れた感じであり得ない場所からバイクを下ろしてたw
TAROさんらしいよな~
で、「お疲れさまでした!」と、K1と俺とで見送ったのだが、、、
まさか、あれが最後になるとは、、、
3/21に俺の親父が亡くなって(あ、これね→2026年上半期)、実家と家の間を行ったり来たりしてて
そんな感じの中の4/25、ちょうど実家からバイクで帰っている時にLINEが来て
バイクに乗っているのですぐには見れず、何だか気になったので途中でバイクを停めて見てみた
したら、、、
OSAMUさんから、目を疑うような知らせが来てた
「え!?どいういうことですか?」と俺が聞くと
「ショックです」とOSAMUさん
そこからFAKE STARのメンバーにすぐ知らせて
4/27の告別式当日
KUNIと待ち合わせ、2人で何とも言えない顔で参加させていただき、最後のお別れができた
奥さんが気丈に喪主を務めていて、お父さんが急遽感謝の言葉を述べて
音楽関係がほとんどだと思うけど、びっくりするくらい多くの人たちが参列していて
俺は、ショックはあったが、ずっと落ち着いて参列していた
まさかの焼香一番手も海渡くんと務め、その時も大丈夫だった
最後のお別れの前に一度部屋を出たのだが、そこでKUNIがたまらず涙をこぼし始めて
そこでも大丈夫、いや我慢していたのかも
その前のOSAMUさんの弔辞が凄かったし
そして、最後、TAROさんの顔を見た時に、涙が止まらなかった
まだまだ話したいこといっぱいあります!
まだまだやってもらいこともあります!なんで、、、
ヒューマンロストで一緒にやってから、
FAKE STARのアルバムを創ってくれてから、
TAROさんの仕事の仕方を身近で学ぶことができて、それから俺の半分以上はTAROさんで出来ていると言っても過言ではありません!
全然及ばないけど、、、
TAROさんのこのラジカセ、メッチャ覚えています!
ちょうど”BIG BANG”を創ってもらった時に教えてもらったこと
「入口(マイク)と出口(スピーカー)が大事なんだよ。ただ、出口はいろいろあるから(聴き手の環境)、あえてあまり良くない音も聴かないと。」と
ミュージシャンは、いいスピーカー、いいヘッドホンとかで聴いて創ってしまうが、一般の人たちは普通のデバイスで聴くわけでしょ?
そのこともTAROさんは考えて音楽を創っていた
ただ、ラジカセ1つにもきちんと考えていることがあって、その象徴がこのラジカセだと俺は思っている
「店にある同じ型の全部のラジカセを試した」と
あまり良くない音とはいえ、その中でもなるべくいい音で音楽を創ろうということだったんだと思う
「ん?知らない」と、いつもの感じでTAROさんに冷たく突き放されそうだけどw
TAROさんは、スネアの音色1つ決めるでも、160音色を1時間かけて聴き比べ最適解を見つけてくれた
恐らく同じような考えで、ラジカセ1つとっても、聴く人のために最高の音を届けるために最適解を探し求めていたんだと思う
そして、そんな時のTAROさんは、本当に楽しそうだった!
おかげで鈴買いに行かされたりもしたしw
「鈴が欲しいな」の一言でw
TAROさんと一緒に音楽をやってなかったら、俺は今でも口だけの暴走王なだけだっと思います
もちろん、今も全然あかんヤツですが(^^;、音楽以外のことも含め、すべてにTAROさんの考え方を真似させてもらっています!
でも、できる限り、『本当にこれでいいのか?同じような他のものはどうなってる?もっと何かできないか?』と考え、まずは”試してみる”、”動いてみる”、という生き方を少しはできていた、と思います
2月の飲みをぶっちしてしまって
5月のSSTR、来年にしてしまって
もし、あの時体調を崩さず飲みに行けてたら、、、
もし、今年SSTRに一緒に参加できていたら、、、
『また、次回がある』と思い過ぎてた、、、
長くなってしまいましたが、TAROさん、本当に×2ありがとうございました
最後にあらためて、、、
誰かを真似するわけじゃないけど
俺を創ってくれたのは、TAROさん、あなたでした



