3/21に親父が亡くなりました
まず、K1、なっちゃん、
今回のことに関して本当にお世話になりましたm(_ _)m
2人がいてくれたから、本当に心強く、ある種安心して進むことができています
有り難う!
さて、母ちゃんのことはちゃんと書いたのに(→これね)親父のこと書かないのはあれだから書こうか
育ててくれた恩、親父自身、子供の頃は特殊な事情で育ったにも関わらず、メッチャ仕事頑張っていたし、凄いところもあった
それこそ、あり得ない俺の事故で車を廃車にしてしまったのに、一つも叱らなかったり、好き勝手にやってる俺の人生も否定しなかったのは、いい親でもあったのだろう
だからありがとうmm
が、晩年は最悪過ぎた
とにもかくにも、親子ではあるが価値観の違いが凄過ぎた、、、
自分の都合のいいことだけ人と接し、嫌なことは怒鳴る、スルーする(返事しない)、先のことを考えない、さらには金の管理ができな過ぎという点で今でも腹立つ
まあ、この点は晩年だけでは無いんだけどな
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2026/3/21 親父が亡くなった
予想より、3か月は早かった
が、いろいろあって5年前から『1日でも早く○んで欲しい』と思っていたことから考えると遅かった(^^;
2026/3/20
金の管理ができない親父が、さすがに首が回らなくなって「住んでいる土地を売りたい」と言ってきたのが、2025/11頃
とはいえ、『大した金にもならんだろ』と思ってた俺は動きが悪く、2026年になってからちゃんと動き始めた
で、不動産会社とやり取りを始めたのが2月かな?3月だったかな?
複数の不動産会社を検討した結果、1社に決めて契約するという日が、この3/20
別件で2週間前に親父に署名してもらうことがあったのだが、その時はまだ字を書けた
そして、この3/20に媒介契約を結ぶために俺は実家に行き親父に字を書いてもらったのだが、この日は字を書こうとする意志は感じられたが、ほぼ線のようになってしまい名前を書けなかった
まさかこんなに書けないとは、、、
書けないどころか、この日はベッドから起き上がることすらできなかった
「不動産会社の人が来るから、名前だけ書いて」と事前に伝えていたのだが、話は聞くが起き上がれない様子
「起きあがれない?」と聞くと、寝たまま『そうだ』という意思を表してた
思えば、本当に死の直前だったのだろう
そんな中、親父と俺のやり取りを見て、良くも悪くもあまり考えない兄貴が親父を無理やり起こして「名前書いて」とw
さすがの俺も『いや、兄貴やり過ぎだろ?』とw
(ちなみに兄貴は親父と一緒に暮らしてます)
で、親父もメッチャ辛かっただろうに無理やり起こされて名前を書こうとした、というのがさっきのくだり
これが3/20のお昼くらいだったかな?
で、俺は帰ったのだが、翌朝(3/21)兄貴から電話がかかってきて、「お父さんが亡くなった」と
—-話がだいぶ前に戻るけど—-
思えば、2007年だったかな?
親父が脳梗塞になって、左半身が不自由になった
その後、いろいろありながら母ちゃんと頑張っていたんだろうが、母ちゃんが認知症になってからが、本当にひどかった
まあ、ヤツなりに母ちゃんのことも考えてはいたのだろうが、、、
『まさか、こんなにひどいとは?』と思ってから、どんどん借金が多くなり、結果800万円
そもそも、ちゃんとすれば全然普通の生活できたのに、あまりにもバカ過ぎて、そして何度も俺は言ったのに、、、
金に困って連絡してきたから、支出入を俺が把握して、そこから1日いくらまで使えるか計算して、Amazonや変な通販とか、無駄なPCとか買うのをやめるよう伝えた
が、ケアマネさんやヘルパーさんとか何人もいる前で俺に向かって「こいつは何も分かってねえんだよ!」と
そこから『まさか借金まではしないよな?』と思ってたが、さらにひどくなり、さすがの俺も『これは借金してるかもな?』と思い、100万円の借金ができたことを把握し、それでも終わらず結果800万円の借金ですよ
ちなみに100万円の借金が判明した時に、債権者である三井住友銀行に相談しようとしたんだが、あまりにもひどい対応を受けて信頼どころか嫌悪感を俺は三井住友銀行に持ってる
これ以上は書かないが、だからこそ『1日でも早く○んで欲しい』となったのですよ
ただねえ、しぶとかったw
そして、恐らく最後まで親父は意識はしっかりしていたと思う
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話を戻して3/20の話
その日、土地を売るために「不動産会社と契約するよ」という話をすると親父は返事をする
ただ、「借金はいくらあるの?」と俺が聞くと黙る
親父は昔から都合の悪い話になるといつも黙る
こんだけ起き上がれなくて、死ぬ前日なのに”人としてのベース”の意識はあって都合の悪い話には相変わらず黙るんだよな
だから、余計ムカついた
まあ、この時は俺もすぐ死ぬとは思って無かったから親父に食い下がって「いくらあるんだよ」と、もう1回聞いた
したら、「700万円」とやっと答えた
まあ、この金額は半年前には聞いてはいたけど、再確認したくてね
というわけで、起き上がれないながら、都合の悪い時に返事しなくて、都合の良いことにだけ返事するのが変わらなかったから、まさか親父が翌日死ぬとは思わなかったんだよな
この日、俺が帰って、翌日(3/21)の未明2時に親父が起きたらしいんだよね
「水が飲みたい」と言って兄貴が水を飲ませたらしい
で、21日の朝、ヘルパーさんが来たら親父が息をしてなかったらしく、ヘルパーさんが兄貴を起こして、兄貴から俺に電話が来た
兄貴はいろいろあるけど基本優しいからね、ちゃんと親父が死んだら泣くんだよね
泣きながら俺に電話してきた
当の俺は、1mmも泣かなくて、『やっと終わった(もう借金は増えない)、そして、これからが始まりだ(借金返済)』と思ったというわけです
さらに端的に遡ると、、、
2017年 母ちゃんが認知症になる 親父に期待
2018年 母ちゃんの認知症が本格的に まだ親父に期待
2020年 親父から俺にヘルプ要請(金銭的に) これで俺が金を管理して問題解決できると思ったが、親父は俺を全部否定
2021年 自分勝手過ぎる親父から母ちゃんを守るため、虐待として親父を認定してもらう
2022年 母ちゃんが亡くなった 母ちゃんが積み立ててた葬式代を勝手に解約してた等でさらに親父に幻滅
2024年 想像以上に、ある程度覚悟はしていたが借金を確認
2025年 今更怒鳴ることをやめ、助けばかり求める親父に心を無にした俺
とまあ、いろいろあったんだが、2025年10月に親父の体調(老化)が急激に悪化したことは感じてた
ジーパンをちゃんと腰まで履いてなかったんだよね
それでも電話かけてくれば、自分勝手なことばかり言ってたので、『まだしばらくは生きるだろう』とは思ってたが
ちなみに、その前、9月くらいに本当に金が破綻したことも感じてた
借金(の返済)もできなくなりつつあったので
今年の1月に入って、突然親父が動けなくなったらしい
去年の12月までは、まだかろうじて歩けたらしいが、1月に入って自ら兄貴に「しびんを買ってこい」と言ったらしい
要はトイレにも行きにくくなっている、ということ
そこで親父のケアマネさんが俺に電話かけてきて、今年は頭からバタバタしてた(^^;
借金もあるので、と、うちは兄貴の問題もあるので、その親父と兄貴の問題をケアマネさんにもアドバイスいただきながら解決策を検討し、『これからどれだけお金がかかるのだろう?』と俺は不安になりながらもやれることをやってきた
で、方針も決まったかな?と思った3/21に途端に突然親父は亡くなりました
たぶん、親父は安心したんだろうな
3/20に俺が帰る直前に言った言葉があって、、、
「お兄ちゃんのことはケアマネさんと相談して何とかなりそうだから」
あれでも親父は兄貴のことを最後まで心配して、だから土地の売り方にも兄貴のことを考えた売り方をしたがってた
そんな中、俺が目途が立ちそうなことを伝えたので、ホッとしたのでは?
直前に言う時もちょっと俺は迷ったんだよな
『ひょっとすると安心させることになるから気が抜けて○ぬかも?』と
まあ、想像通りになったというわけだ
そこからは俺も2回目となると手際よくスムーズに納骨までの対応を進めた
3/21 永眠
3/26 火葬(直葬)
5/9 納骨
3年半前から独りだった母ちゃんも親父が来てなんだかんだ良かったかな?
生前は喧嘩も多かったが、最後まで一緒にいたわけだしね
3ヶ月経った今、俺のやるべきことがけっこう終わってきて兄貴のこと以外は借金問題も含めて目途が立った
兄貴のことも、解決というか?奥の手はあるしね
今年を振り返ってみた
1月:LIVE←ここはいつも通り?
2月:介護方針検討
3月:親父の死
4月:借金・相続の方針検討
5月:理事会の総会準備
6月:借金・相続について対応を進める
というわけで、1月以降時間の余裕があるにはあるが、心の余裕が無かったというのが実情かな~?(^^;
まあ、まだ終わってないけど、そろそろ音楽生活を始められそうな気がします
11/3にAREAさん、いや、あにさんのイベント:【あに還暦祭】に参加させてもらうので楽しみにしていてください!\(^o^)/
最後に、数年前に始まり、今回もひどかった三井住友銀行のひどさは、今後の日本全体に関わることな気もするので、機会があったら別途書くか、、、

