インターネットの目的に反してると思うんだよな、アプリ推奨の流れは…。
・情報の集約
・コミュニケーションの円滑化
インターネット以前であれば、紙媒体やテレビやラジオ、無線といった方法があり、情報を手に入れられる時間や内容も制限があった。
多くの情報をインターネットという制限が緩やかな場所に集約することにより、今の“情報過多”ともいえるくらいの情報の多さと、時間や距離にとらわれないコミュニケーションを実現したのでは?
ブラウザを開けばニュースはもちろん、個人のやり取りもできる!
という、一石二鳥どころじゃない素晴らしく一元化されたツールを手に入れたのに、同じインターネットを利用したツールでも、今やブラウザではなくアプリ全盛。
各ニュースを見るにも日経など新聞社のアプリはもちろん、ポータルでさえ、ヤフーのアプリ、LINEのアプリなど、色々なアプリが出ている。
1つのブラウザで全部の新聞社やポータルのニュースが読めて便利だから、わざわざ切り替えなくてはいけないアプリの方が不便なのに…。
そういった意味ではポータルサイトというのは正解なんだがな。
2000年代は、新聞社じゃなくともどこもかしこもポータルサイトを目指してた気がする。
逆にアプリのいいところは、
・閉鎖されたやり取り
そう、メールとかメッセンジャーのような個人、もしくは限られたグループのコミュニケーション。
まあ、これもブラウザでやれば、楽は楽なんだがf(^^;
なぜ?アプリが、こんなにももてはやされたのか?
個人的な意見だが、
・我々がバカだから
に尽きると思う。
ブラウザで見る広告や、メールマガジンなどより、アプリの通知による商品の購入や利用が多いのだろう。
・薦められたら買ってしまう
ということだな。
要は“金を使う”ということだ。
んで、紙媒体の頃のように我々は、
日経新聞買って、
朝日買って、
読売買って、
スポーツ新聞も買って、
雑誌も買って…、
『あら、両手がふさがっちゃった』みたいに、数多くのアプリをインストールし、切り替えながら使ってるわけだ。
退化じゃないのかね?これは…
もちろん、アプリのいいところも数多くあるが、“情報の一元化”という面から見ると、インターネットの目的を忘れて、インターネット以前に戻ってるとしか思えない。
というわけで、今夜も俺は
ブログを書くためにアプリを立ち上げ、
明日の天気を調べるためにアプリを立ち上げ、
コンビニで買い物するためにアプリを立ち上げ、
明日の目覚ましをセットするためにアプリを立ち上げ、
そして寝るのだろう。
10年後には全アプリを切り替えずに使えるポータルアプリが開発されていることを祈ってるよ、俺は…Oo。ーy(ーー)