いつものようにゴミ捨てをした。
家に戻る時に隣の人と久々に会って長話をしたのだが、勉強になった。
- 新型コロナを恐れるのではなく、お迎えに来たと前向きにとらえている
- 今日という日は誰も体験したことが無い新しいことばかりの日
隣の人は高齢というくくりになるのかも知れないが、素敵な帽子をかぶって出かけたり、しっかりと世の中のことも把握している人。
少し前までは奥さんと一緒だったが、今は1人で暮らしている。
といった事情もあるだろうけど、「やり残したことは無い」というような話をされていた。
いや、俺にとってはこういう大事な話をしてくれているので、まだまだある気もするけどw
ネガティブなことばかり警鐘を鳴らしているマスコミに危惧を抱いていた。
その裏で毎年インフルエンザで亡くなる人が今年はほとんどいないことや、日本ではコロナで亡くなっている人が海外より少ないことを踏まえ、行き過ぎた警鐘で悲観的にさせるより、前向きになれる情報も流した方がいいと話していた。
たしかに前向きになることが大切。
その人はテレワークにも理解し、新しいことを始める楽しさを感じるといい、と捉えているみたい。
この手の話は賛否が出やすいが、必ずしも死は悲しむべきものだけでもなく、中には前向きに亡くなる方もいるんだと。
とはいえ、人は死なない方がいいけど。
そして、「私は高齢だから数十年先のことは考えられなく、明日生きることだけしか考えられないが、その明日は誰も体験したことが無い」と。
”毎日毎日が特別な日”という考えは俺もあったが、確かに明日、言ってしまえば今日という日は誰も体験したことが無く、ハッとさせられた。
どちらも大切な話で、ただでさえ今朝は色々といい流れだったのだが、さらに素敵な朝になった。
元々は、隣の人のガスが止まってしまったのを通りがかった俺がアドバイスしたのをきっかけに挨拶するようになったのだが、この人の隣で良かったと本当に思う。
あ、あとその人が行政に期待していたことが1つ。
- 独居老人をデータベースで管理し、幸せに死ねると信じている
行政は、本当にしっかりして欲しいし、その行政の長を選ぶのは俺たちなわけだ。
期待している人がいる限り、その人のためにも俺たちが選挙なり、何らかの方法で国を良くしていかないといけないんだな。